紅茶専門店Anna Maria店主のお茶の履歴書 ―― 日々、お茶と共に ―― 第5回 園芸と農業(1) 一人だけのティータイム
目 次
第1回 中国料理を通して ―中国茶との出会い―
第2回 主婦の憩いの時間に ―お茶はいつも正しく淹れて―
第3回 UVA そして DIMBULA
第4回 インド料理を通して ―スパイス入門―
→ 第5回 園芸と農業(1) ―一人だけのティータイム―
第6回 園芸と農業(2) ―岐路 もしかしたらガーディナー―
第7回 シンガポール時代(1) ―料理のこと―
第8回 シンガポール時代(2) ―紅茶のこと―
第9回 シンガポール時代(3) ―中国茶のこと―
第10回 ウバの正体を知る
第11回 静岡の緑茶と静岡の紅茶について
第12回 米国フィラデルフィア美術館 ―茶室「寸暇楽庵」見学―
第13回 本物のインド紅茶との出会い ―ダージリンの奥深さを知る―
第14回 本物のスリランカ紅茶との出会い ― とうとうゲット 最高のウバ ―
第15回 ロンドン研修 ―The Lanesboroughでの7日間―
第16回 登録商標「紅茶専門店Anna Maria」 ―名前の由来―
第17回 終わりに 垣間見た歴史 ―紅茶を通して―
私たち家族はその後、東京のベッドタウンである千葉県のある町に150坪の土地を購入し、家を建てて都内のマンションから引越ししました。 JRの駅までの昼間のバスが不便で、東京都心までともすれば1時間半以上もかかりましたが、広い庭で私は生まれて初めての農業に挑戦しました。種からトマトを栽培し、ジャガイモ、オクラ、ピーマン、なす、小松菜、グリンピース、ソラマメ、サツマイモなど、次から次へと作ってみました。
四季折々の花々も育て、秋には春に咲く花の球根を植え、春は秋のものを。
門の脇とテラスの前の花壇は冬を除き、いつも花が咲き乱れ.イチジクは大きな甘い実をつけ、枇杷はたわわに実り、晩秋には真っ赤な石榴が関東の乾いた青空に彩を添え、キーウイーは旺盛に蔓を伸ばして沢山の実をつけました。 庭の隅には料理のために柚子も植えました。
桜はどんどん成長し、秋は落ち葉の始末が大変でした。 当時は庭で物を燃やしても構わなかったので晩秋には落ち葉をかき集め、落ち葉焚きをして焼き芋をするのが楽しみでした。 ですから私はいつも泥だらけで、朝からただ黙々と働いていると気がつけばもう夕方になっていました。
茜色に輝いていた庭が次第に暗くなり、その南西の隅だけ微かに茜色を残し、まさに日の落ちなむとする晩秋の夕、泥だらけの私は出窓に腰掛け休息をとりました。 お茶を飲みながら庭の向こうを見やると、まだくすぶっている焚き火が思い出したかのように勢いよく爆ぜ、暗闇に燃え上がる焔と舞い上がる火の粉はとても幻想的で、私は飽きることなく眺めていました。 それが私のティータイムでした。 それは、イギリス産業革命の当時、労働者階級の人々がエネルギーと暖を取るために紅茶とスコーンなどで腹を満たしたのと状況は全く同じでした。 私の場合は、芋と渋い日本茶であったり、自家製アップルパイとコーヒーだったり、スポンジケーキと紅茶など様々でしたが。
コーヒーはハワイコナが好みでしたが、究極の無農薬コーヒーが手に入るとそれを飲んでいました。 究極の無農薬コーヒーとはジャングルで自然に育ったコーヒーを近辺の住民がジャングルに分け入って収穫してきた全く自然のコーヒーのことを私がそのように言っているのですが、粒はそろっていないものの、あっさりとした風味でおいしいものでした。
お菓子は、和菓子も含めて殆ど自分で作りました。 たまにデパートまで出向き、鶴屋八幡のお菓子を買ってきて、お抹茶にすることもありました。 窓辺での一人ぼっちのティータイムで私は孤独と向き合い、自身の存在を確認するのでした。 そうしているうちに、無意識の中に押し込めていた悩みは発散し、心身共にエネルギーガが蘇ってきました。 それから夕餉のしたくに取り掛かるのですが、基本的にこのような生活は20年以上に及びました。
日常をこのように過ごしてきたことは、お店で一日過ごす時の過ごし方のヒントになっています。 又、収穫したばかりの野菜は、調味料など必要としないほどおいしく、肉などもスパイスなどは使用しても、なるべく調味料を使わず、素材のうまみだけで食べられるような料理を心がけました。 パンやケーキはもちろんのこと、味噌、らっきょう漬け、豆腐なども作ってみました。 こうした食生活はお店のメニューにも反映していまして、なるべく自然のままで、素材のおいしさや滋養を感じられるような物をお出ししたいと思っています。
余談になりますが、イングランド国王チャールス2世のポルトガル人の王妃キャサリンが1662年に膨大な量の紅茶を結納品として持参したことは紅茶通のよく知るところですが、このことについて、英国歴史学者のSusan Cohen 女史は、その著書「Where to Take Tea」の中で、「王妃キャサリンがどれだけその孤独を紅茶によって慰められたか、本人も知り得ないほどであろう」と記しています。 紅茶はサロンの主役としてのみならず、労働者にエネルギーと暖を与え、さらに、人々の孤独にそっと寄り添う友としての役割も果たしてきたのでした。