紅茶専門店Anna Maria 店主のお茶の履歴書 -日々、お茶と共に- 第4回 インド料理を通して -スパイス入門-
目 次
第1回 中国料理を通して ―中国茶との出会い―
第2回 主婦の憩いの時間に ―お茶はいつも正しく淹れて―
第3回 UVA そして DIMBULA
→ 第4回 インド料理を通して ―スパイス入門―
第5回 園芸と農業(1) ―一人だけのティータイム―
第6回 園芸と農業(2) ―岐路 もしかしたらガーディナー―
第7回 シンガポール時代(1) ―料理のこと―
第8回 シンガポール時代(2) ―紅茶のこと―
第9回 シンガポール時代(3) ―中国茶のこと―
第10回 ウバの正体を知る
第11回 静岡の緑茶と静岡の紅茶について
第12回 米国フィラデルフィア美術館 ―茶室「寸暇楽庵」見学―
第13回 本物のインド紅茶との出会い ―ダージリンの奥深さを知る―
第14回 本物のスリランカ紅茶との出会い ― とうとうゲット 最高のウバ ―
第15回 ロンドン研修 ―The Lanesboroughでの7日間―
第16回 登録商標「紅茶専門店Anna Maria」 ―名前の由来―
第17回 終わりに 垣間見た歴史 ―紅茶を通して―
第4回 インド料理を通して ―スパイス入門―
小さい子供のいる主婦の務めのひとつに子供たちを公園に連れて行くことが挙げられますが、その公園でインド大使館のミセスMとお友達になりました。 私たちはお互いの家庭に招待したりされたりしながら家族ぐるみのお付き合いをしました。 ミセスMからはインドの家庭料理をご馳走になりその作り方を教えてもらいました。私は前述したように中国料理が得意だったので、酢豚をはじめ当時はまだ日本ではなじみの無い料理など色々とご馳走しました。 ミセスMご夫妻は私を通して中国料理を初めて召し上がったのでしたが、中国料理はとても軽いと感想を述べられたのにはこちらが驚きました。 ミセスMの食卓ではナンではなく、大判餃子の皮を揚げたようなプーリーという薄い揚げものが出されました。
ところが、お宅に遊びに行っても紅茶がでたことは一度もありませんでした。 私も紅茶を研究していたわけではなく、いつも紅茶に関心があったわけでもなく、私たちの話題は子供のこととか、嫁と姑などに関する事でした。
ミセスMと東京九段下のインド雑貨店に、前述したプーリーを作る小麦粉やサリーの布地などを買いに行ったことがあります。 そして作り方を教えてもらってサリーも作ってみました。 几帳面な方で、私のミシンがほこりだらけなのを見て、ミシンはいつも綺麗にしていないと故障の原因になると注意されました。
若くて、人に何かをしてもらって当たり前だった私に、人に招かれたら必ず次は自分がその人を招かなければならないという大使館の奥様らしいアドバイスをして下さいました。 二人の幼児の育児と家事に悪戦苦闘していた頼りなげな日本人の若い母親にミセスMはもっと言いたいことがあったかもしれません。
その30年後に私は紅茶専門店Anna Mariaを開いたのですが、ミセスMのおかげでスパイスに慣れ親しんでいましたので、店でチャイを作る時は大変助かっています。チャイにカルダモンを使う時、rの音を巻き舌で強く発音していたミセスMを時々思い浮かべます。 又、ミスターMからMという名前はマハラジャに由来すると教えてもらいました。
"honestly"と言うのが口癖だった誠実なミスターMと几帳面なミセスMのご夫妻は3年の日本勤務を終えられ、インドに戻られました。
次回は10月26日(日)東京育ちの専業主婦が志だけは自給自足を目指して始めた家庭菜園奮闘記と、唯一の余暇であった、窓辺でのティータイムのお話です。
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